Archive | 2009年08月 |
原辰徳、憧れだった。
幼少の頃、彼はヒーローだった。
自然と野球が好きになり、打ち方も用具も、マネ。
そうする事で原辰徳になれたという満足感が得られたのだろうか。
世の中の殆どがそんなところから始まる気がする。
8月15日、祖父の誕生日。
彼は最初の友達だった。
毎日野球の相手をしてくれた。大好きだった。
そんな祖父の趣味は盆栽。
3度も脳梗塞を患って寝たっきりになっても、盆栽を手入れしている彼はとても楽しそうだった。
とっても面白そうに感じた。
最初に育てた植物はモミジ。
小学校3年。
今思えば変態だ。
学校の帰り道で見つけたモミジの小苗を持ち帰って祖父に盆栽を教えてもらったのが始まり。
当時は朝明砂だけの鉢に入れられたモミジが可哀相で、毎日見に行った。
次第に自分の呼びかけに応えてくれる事で楽しく感じるようになり、愛着もそれと同時に。
剪定の仕方も教えてもらったが、当時からはみ出た性格だったのか、自分の作りたい形に育てていた。
それを観て、祖父は強制しなかった。
むしろ、一緒になって育ててくれた。
8月15日が来る度に、思い出す。
自分の原点だと思う。
今も仕事場にあるモミジを見ては、祖父がいてくれるように感じる。
幼少の頃、彼はヒーローだった。
自然と野球が好きになり、打ち方も用具も、マネ。
そうする事で原辰徳になれたという満足感が得られたのだろうか。
世の中の殆どがそんなところから始まる気がする。
8月15日、祖父の誕生日。
彼は最初の友達だった。
毎日野球の相手をしてくれた。大好きだった。
そんな祖父の趣味は盆栽。
3度も脳梗塞を患って寝たっきりになっても、盆栽を手入れしている彼はとても楽しそうだった。
とっても面白そうに感じた。
最初に育てた植物はモミジ。
小学校3年。
今思えば変態だ。
学校の帰り道で見つけたモミジの小苗を持ち帰って祖父に盆栽を教えてもらったのが始まり。
当時は朝明砂だけの鉢に入れられたモミジが可哀相で、毎日見に行った。
次第に自分の呼びかけに応えてくれる事で楽しく感じるようになり、愛着もそれと同時に。
剪定の仕方も教えてもらったが、当時からはみ出た性格だったのか、自分の作りたい形に育てていた。
それを観て、祖父は強制しなかった。
むしろ、一緒になって育ててくれた。
8月15日が来る度に、思い出す。
自分の原点だと思う。
今も仕事場にあるモミジを見ては、祖父がいてくれるように感じる。
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